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先日、船岡にある実家からサンマが届いたから取りに来い、と連絡がありました。

母方の実家は気仙沼の小さな港のそばにあって、そこから毎年ぴっかぴかの特大サンマや

まるまる太った戻りガツオなんかを送ってくれるのですが今年はこの震災、

当のばあちゃん家も津波で流され仮設住宅暮し、それどころじゃねぇだろなぁと

思っていたら、よほど義理堅いのか復興アピールなのかわからないけどきっちり届けて

くれたらしい。気を使わなくちゃいけないのはこっちなんだけど・・恐縮です。

この生活環境の中、送ってくれたばあちゃんちにも頭が下がるけど気仙沼港がちゃんと

機能してサンマ漁船を受け入れているのが驚いた、特大サンマを刺身&塩焼きで

美味しく食べたけど今年は特別感慨深い、子供時代の一大イベントとして折に触れて

遊びに行っていたそのばあちゃん家も今は見る影もなくて、なんだか縁も断ち切られた

ような気がしてたけど、んなことないんすね、無骨で誠実な港町の意気を感じます、

自分にその律儀さは受け継がれなかったな、精進しないとな。

サンマが送られてくる少し前、ばあちゃんちとは少し離れたところに住む叔母さんが

実家に来ていると言うので久しぶりに顔を合わせた、この叔母さんも家ごと流され、

仮設住宅での暮らしをしいられているけど元気そう、「着の身着のまま逃げできて

なぁんもないんだ~、津波なんておどげでねがったんだがら~」と懐かしい気仙沼訛りで

当時の状況を聞かせてくれた。今回、姉にあたるこの実家に寄った理由の一つは

昔みんなで撮った写真を分けて欲しくて来たんだと言う。 なんだかもう・・ね。

「焼き増ししたのがあったらなぁと思ってなぁ、貰えだがらいがったわぁ、んでもこうして

船岡にきたげんともなんもなぐなって貧乏になってしまったがら若ベテになんもやるもんねくて

申し訳ねくてなぁ、勘弁な。」 ハンカチを目に当て、謝られてしまった。  

言葉に詰まり、うつむいて首を横に振るだけだったけどつられて

泣くとこだった、ふう~あぶねぇあぶねぇ。

別れ際、挨拶をして帰ろうとすると叔母さんが自分の顔をみてしみじみ言う、

「なんだが○○おんちゃん(気仙沼の叔父)にそっくりになってきたなぁ、

気仙沼さよぐいる顔だわ、姉さんにも似てるしやっぱりあんだは気仙沼顔っつ~ヤヅだ、

あっはは~まだな~」と、手を振り別れ、車に乗ってふと思った、気仙沼顔?・・

そんな顔があんのか?初めて聞いたぞ、地域ごとに顔に特性があんのか?、

どこがどうだと気仙沼顔のジャッジになるんだ?

後日、気になるので自分の生産元に聞いてみた。

自分  「こないだおばちゃんが言ってた気仙沼顔ってなにや?そんなのあんのが?」

生産元 「しゃーね。」  との回答。   

今度叔母さんに会いに行ったらじっくり診断してもらうことにしよう。

そしてもう一度、みんなで写真を撮ろう。

がんばろう、東北。
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2011.09.13 / Top↑
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